弁護士による賃貸法律相談室

 賃貸物件の賃借人が退去する際に、賃借人が不当に原 状回復工事の費用負担を拒絶するという紛争が生じてし まった場合、その結果として原状回復工事がなかなかで きず、新賃借人の募集もできないために空室状態が長い間続いてしまうということが起こり得ます。このような 場合に、「原状回復工事が行えなかったことは賃借人の 責任であり、原状回復工事が終わるまでは建物の明渡し も完了していない」として、原状回復工事完了までの間 の賃料相当額を賃借人に請求できるのでしょうか︖

原状回復工事中の賃料について借主に請求することはできない

結論から申し上げますと、原状回復工事中の賃料について借主に請求することはできません。さらに掘り下げて言うのであれば、入居時に原状回復工事で引き渡しが遅れた場合の賃料発生について、入居時の誓約書に【現業回復工事完了までの賃料に対する借主の負担】が明記されている必要があります。不動産オーナー様は入居時に借主に対して将来的にトラブルになる可能性を考慮した上で、契約書を交えていないと効力を発揮しないのです。民法にも記載があるように、

「賃貸借が終了したときは、その損傷を原状 に復する義務を負う。」とされているだけであり、「賃借人が原状回復義務を履行するまでは、明渡し(契約の 終了)は認められず、賃料支払義務を負うのか」という 点については明らかではありません。過去に起きた裁判の事例から考えていきましょう。(東京地方裁判所平成28年2月19日判決)この事例は、賃借人から解約の申し出があり、賃貸人 は鍵の返還を受けたものの、鍵の返還を受けた時点では 原状回復はされていませんでした。最終的に原状回復工事の費用 の支払いを受けられて工事ができたのは、鍵の返還から1年半以上が経った後でした。そこで賃貸人が賃借人に対して、明渡しまでの賃 相当額を請求した、という事例です。なお、この事案 の賃貸借契約書には、明渡しと原状回復については以下 のように規定されています。 「15条1項 賃借人は、本件賃貸借契約が終了したとき、 本件居室を遅滞なく賃借人の負担で、自然損耗と認めがた い破損・汚損箇所を修繕する等、原状に復して賃貸人に返 還する。 2項 賃借人は、前項の原状に復するための工 事を、賃貸人又は賃貸人が指定した業者に委託することを 予め承諾する。 3項 賃借人が本件居室を返還した後、 本件居室に残置物等が存する場合、賃借人はその所有権を 放棄し、賃貸人は、賃借人の費用負担でその撤去、任意処 分、その他必要な措置をとることができる。賃借人は、こ れに対して異議を述べない。」

 賃料請求できない、という裁判所の判断 

このような事案において、果たして賃貸人からの請求 は認められたのでしょうか︖ この点について、裁判所 は、「契約書において、原状回復をした上で退去すべ き」と合意されていると解釈されるかどうかによって判 断しています。この基準を前提として、裁判所は、本事 例については、「本件賃貸借契約及び本件更新契約にお いて、本件居室の明渡しにつき「原状回復をした上で明 け渡すこと」を指す旨合意したことを認めるに足りる証 拠はない。」、「かえって、本件更新契約15条1項は、 原状回復と返還(明渡し)とが別の行為であることを前 提とし、明渡しに先立って原状回復が行われなければな らない旨を定めているものと解される」とし、従って 「原状回復をせずに明渡しをした場合には、明渡し前の 原状回復義務違反を理由とする債務不履行が成立するに すぎないから、原状回復がなされていないことは、明渡 し義務の未履行を意味するものではない。」と述べて、 原状回復工事完了までの賃料の請求は認めませんでし た。あくまでも明渡しと原状回復義務は 別々の義務という判断をしています。

判例に学ぶ貸主の対応策は︖

 以上を踏まえると、賃貸人が原状回復工事完了までの 賃料の請求をできるかどうか、という点については、 「契約書で明渡し前の原状回復義務の履行が合意されて いると解釈されるか」という点がまず考慮されることと なります。

民法の条文は抽象的な書き方をされていることが多く、一般の人では明確な判断をすることは難しいでしょう。そのためこのような貸借人間のトラブルでは過去の判例から総合的に判断されることが一般的です。あくまでも入居時に想定できる範囲のトラブルを広くカバーできる制約が必要となることを不動産オーナー様は把握しておく必要があります。

 以上のように、この問題は法的に難しい問題を含んで いますので、原状回復費用負担で借主と長期に揉めるような場合は、

まずは貸主が自ら原状回復工事にかかる費用を負担して、新たな入居希望者を募集できる状態に戻します。これだけ聞くと不本意に思う貸主もいるかもしれませんが、その代わりに新たな入居希望者から賃料を収入として得ることができます。空室を如何に稼働させるかで、その後の賃料収入に大きく影響が出てくるためです。

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