耐用年数を超えている場合の原状回復費用の負担問題

【弁護士による賃貸法律相談室】

 賃貸借契約における賃借人の原状回復義務については、国土交通省より「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」が示されています。このガイドラインでは、壁のクロス、フローリング、襖、流し台といった貸室内の設備の原状回復においては、ガイドラインの中で想定されている耐用年数を経過している場合、これらの原状回復費用は賃借人ではなく賃貸人において負担すべきとされています。では、耐用年数を経過している設備については、どんなにひどく損傷していても賃借人に負担を求めることはできないのでしょうか︖

キーワードは善管注意義務

今回の問題を解説する上で重要なキーワードは善管注意義務です。善管注意義務は民法644条に記載されています。不動産業界においても善管注意義務は適用されます。あまり聞きなれないキーワードですが、今回の事例の場合非常に重要なポイントとなりますので解説をしていきます。善管注意義務とは善良なる管理者の注意義務の略で、賃借人は部屋の管理者として注意をしながら室内を使用することが求められます。 そのため、原状回復費用の負担割合が問題になる際は、賃借人が善管注意義務をしっかり守っていたかどうかがポイントになります。

原状回復工事が争点になった実際の判例

この点が問題となったのが、東京地方裁判所平成28年12月20日判決の事例です。

この事例は、約8年間入居していた賃貸アパートの賃借人が退去することになったところ、退去後に室内を確認したら使用態様が劣悪で、台所や脱衣所、トイレの壁クロスに多大な汚れや傷破れ箇所があり、また、床にも入居者が付けた大きな傷が残っており、クロスや床は全て交換が必要な状態だったというものです。そこで賃貸人は、ハウスクリーニング費用の一部や、壁クロス・床の張替え費用の半額もしくは一部は賃借人に負担してもらいたいと伝えたものの、賃借人が「国土交通省のガイドラインによれば、壁クロス等の耐用年数は6年間である。自分が入居したときから8年経っていて耐用年数が経過しているから、原状回復費用を負担する必要はない」と争ったという事例です。この事案において裁判所は、「賃借人としての善管注意義務違反」を理由に、耐用年数が経過していても壁クロス・床の張替え費用、さらにハウスクリーニング費用についても、賃貸人の主張通りに賃借人の負担を認めました。その理由について裁判所は以下のように述べています。

賃借人が本件物件を明け渡した時点において、1階台所及び脱衣所の壁クロスと床は著しく汚れており、賃借人は善管注意義務に反して本件物件を使用しており、その使用状態のまま本件物件を明け渡したと認められる。上記のような状態で本件物件を明け渡された賃貸人としては、本件物件を新たな賃借人に賃借するために壁クロスの張替えと床の補修を実施せざるを得なかったということができる。賃借人は、ガイドラインによれば壁クロスの耐用年数は6年であり、本件物件の明渡しの時点においてその価値は0円又は1円であるから、賃借人が負担すべき費用は0円又は1円であると主張するが、仮に耐用年数を経過していたとしても、賃借人が善管注意義務を尽くしていれば、壁クロスの張替えを行うことが必須とは解されないから、賃借人の上記主張は採用できない。なお、ガイドラインによっても、「経過年数を超えた設備等を含む賃借物件であっても、賃借人は善良な管理者として注意を払って使用する義務を負っていることは言うまでもなく、そのため、経過年数を超えた設備等であっても、修繕等の工事に伴う負担が必要となることがあり得る」とされているところである。

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以上が、裁判所が耐用年数の経過していた壁クロスや床につき、賃借人の負担を認めた理由となります。この点、裁判所がそれぞれの原状回復費を賃借人に負担させたのは、賃貸人の請求に基づいたからであり、もし仮に賃貸人が本事例以上の金額を請求していた場合、裁判所はその請求額の負担を命じていた可能性も考えられます。

耐用年数を超えていても賃貸人の所有物ではない

本案件から考えられる原状回復工事に考え方は実際に使用を続けられる状態であったにも拘らず賃借人の善管注意義務に反して使用不能にされてしまった設備については、耐用年数を経過していたとしても賃借人が修理・交換費用の負担を負う場合があるということです。耐用年数に達しているからと言って、自身の所有物という訳では決してありませんので、取り扱いには注意が必要ということですね。

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